日本吹き矢連盟  Japan Fukiya League

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吹き矢の楽しみ

 吹き矢談義 File.01

 連盟顧問による吹き矢対談が実現

吹き矢対談

  •   去る9月3日(水)夕刻より、名古屋市内のレストランにて山副副会長(DART NAGOYA支部長)の司会で、日本吹き矢連盟の顧問である、大野 良之氏(名古屋大学名誉教授)とオスマン・サンコン氏(タレント・ギニア親善大使)の対談が行われました。
  •  連盟の相楽 豊会長が、両顧問とは長い親交があり、吹き矢と出会った当時のエピソードや、これからの連盟に寄せる期待を語り合うひと時となりました。

【対談者プロフィール】

連盟顧問 大野 良之
●大野 良之 (おおの よしゆき)●

日本吹き矢連盟 連盟顧問
名古屋大学名誉教授・旭労災病院顧問

 1941年、岐阜市に生まれる。1964年、名古屋大学医学部卒業。1969年、学位(医学博士)を取得し、米国ミネソタ大学公衆衛生学部生理衛生研究所の特別研究員として渡米。71年、米国公衆衛生修士号(MPH)を取得。その後、名古屋大学・大学院において講師・教授職に就き、2002年には名古屋大学名誉教授となる。同年、労働者健康福祉機構 旭労災病院院長に就任。吹き矢の呼吸法に着目し、同病院のリハビリの一環としていち早く吹き矢を導入する。現在は同病院顧問。著書に、 『難病の最新情報―疫学から臨床・ケアまで』(南山堂)、共著で『生活習慣病予防マニュアル』(南山堂)などがある。

連盟顧問 オスマン・サンコン
●オスマン・サンコン●

日本吹き矢連盟 連盟顧問
タレント・ギニア親善大使

 本名 オスマン・ユーラ・サンコン。1948年、ギニア共和国ボッファに生まれる。89年コナクリ大学卒業後に、ソルボンヌ大学に国費留学。国家公務員上級試験に首席合格。72年ギニア外務省に入省。同年、大使館開設のため来日、8年間大使館員として勤務。80年駐米ギニア大使館に勤務。その後、再び来日し、2001年、「ギニア日本交流協会」を設立する。現在は、タレント活動の傍ら、講演活動、ボランティア活動を行なっている。介護ヘルパー2級取得。著書は、『サンコン少年のアフリカ物語』(講談社青い鳥文庫)、『明るく生きちゃ悪いですか?―障害を持って生きるボクたちからのメッセージ』(広美出版)ほか多数。

■吹き矢との出会い

――― まず、お二人の吹き矢との出会いについてお聞かせ下さい。

大野 良之(以下大野・敬称略):スポーツや健康目的の吹き矢を知ったのは、平成10年のことでした。出張帰りに、車内で読もうと購入した新聞に、たまたま吹き矢が取り上げられていて興味を持ったのが最初になります。まだ現在のように、吹き矢の認知や普及も乏しい初期の頃で、実際に体験したのは翌年の7月になってからでした。その時の指導をして頂いたのが相楽会長というご縁です。

オスマン・サンコン(以下サンコン・敬称略):吹き矢との出会いからさかのぼって、相楽会長とは25年ほど前からの知り合いです。当時、全経連(全国経営者連合会)の集まりでやっていた異業種交流会でのメンバーでした。昨年の春くらいにまた親交を深め、吹き矢についても学びました。

――― お二人は初めて吹き矢を体験された時、どんな印象を持ちましたか?

大野:数本吹いて、「んんん~、イケル、これ~!」と思いました。(笑)当時、私は体重が増えて糖尿病予備軍になりかけていたのを、早歩きウォーキングと摂生により約20キロ減量するのに成功した頃でした。でも、減量に効果的だったウォーキングは足腰が丈夫なうちは良いですが、年を重ねてなお出来るかと考えると不安なところもありました。吹き矢は激しい運動ではありませんが、医師としての知識や経験を踏まえても、身体や脳を活性させてくれる様々な要素を秘めていると感じました。

サンコン:ボクは正直、吹き矢というとアフリカのものだと思っていました。まさか吹き矢の話を海外の……それもまさか日本で聞くとは!という感じでした。アフリカでは、その昔、命がけで吹き矢と槍を生活のために行っていたもの。アフリカの吹き矢には、矢の先端に毒を塗るんです。動物を倒すためにあるから…。でも、相楽会長から説明を受けた日本の吹き矢は、健康的になるためのフィットネスということで、すごいなぁと驚きました。日本には昔からそういう呼吸法が伝わっているのだと知りました。ボクは、本能なのか、丸い的が獲物だと思えちゃう時があるんですが……。(笑)情熱を込めて素直に吹くようにしています。それから、今度ギニアに行くときには、国の大統領や大臣にも健康のために体験してもらいたいと考えています。吹き矢はグローバルに、アフリカでもどこでも伝わるものだから、きっとみんな楽しく吹けると思う。吹き矢の良いところは、楽しいところ。とにかくやると楽しいのが魅力ダネ!

対談風景 オスマン・サンコン氏

■アフリカでの吹き矢

――― そのサンコンさんの故郷、ギニアでは今でも吹き矢の文化というのはあるのでしょうか?

サンコン:そうですね。今でもギニアの奥地にはそういう文化が残っています。皆さんもテレビなどで“ブッシュマン”などを目にしたことがあると思いますが、伝統的な狩猟採集民族の中には、今も生活の糧、食料のために昔ながらの狩りをする民族があります。ライフルなどが高価で買えないのもあって、吹き矢とか槍を使っていることもあります。他の国でも見ることがあります。

大野:確かに、アフリカにも限らず、ブラジルのアマゾンやパプアニューギニアなどでも、そういった文化は受け継がれていますね。パプアニューギニアの吹き矢筒なんかは、2mくらいあって、とても長いんですよ。グラスファイバーのような素材もないので、動物の腸を固めて作ったものとかね。

■アフリカの心、日本の心、吹き矢の心

――― なるほど、色々な文化がありますね。さて、サンコンさんは日本での生活も30年以上と長いわけですが、アフリカに居た頃のエピソードも少しお聞かせ頂けますか?

サンコン:はい。小さい頃の話ですが、ボクも他の子どもたちも皆、家から小学校まで10~15km歩くのが当たり前でした。ボクも3年前に、故郷のボッファに“サンコン小学校”を建てたんだけど、ギニアの小学校は日本と同じ6年制。だけど、日本と違うところもたくさんある。例えば、アフリカは気候的に暑くて、食べ物が傷むといけないから、給食やお弁当はないんです。みんな、午前中の授業を受けたら、一旦家に戻って、また午後の授業に出てくるのね。ただ、サンコンも他の生徒たちも皆、小学校から遠い家に一回帰るのが大変だった。そんな時は道ばたのマンゴーやパイナップル、バナナなどを採って食べては、お昼ごはんの代わりにしました。アフリカの場合、他人の敷地内であってもその場で食べる分については泥棒や罪にはならないんです。採って持って帰ったり、売ったりしては駄目。でもその場で自分が食べる分だけなら持ち主も、親も、怒りません。

――― おおらかな精神ですね。日本では怒られてしまうかもしれません。それはアフリカならではの価値観や倫理観ですね。

サンコン:そうかもしれません。アフリカでは水を飲む時に全部飲まずに少し残して大地に返すようにします。必ず少し残して地面に水を注ぐ。それは、「生きているのは自分だけじゃない」という精神から来るもの。でも、ボクは日本の精神も好きなんです。ボクは演歌とかも聞くんだけど、義理と人情みたいな人との繋がりを大事にするところとか。日本人も日本人独特の心や風習を持っていて、素晴らしいと思います。特に吹き矢をやっている人は皆明るいのもいい。

大野:吹き矢の基本動作には、日本の武道や礼儀作法に通ずる「礼に始まって、礼に終わる」という精神が流れています。吹き矢も心なくしてはやれない……。心が入っていなくて周りが見えてないと、それは“的外れ”になる。吹いた矢の先も、吹き矢を通じて広がった人の輪も、自分のことばかり考えていては、的の中心からどんどん外れていってしまう。残念なことです。日本吹き矢連盟は、発足して間もないですが、趣意書にもある連盟の精神に賛同した人が続々と会員になっていますね。やはり、改めて心の入れ方、思いの向け方の重要性を感じます。

■医学的な見地からみた吹き矢

――― さて、心の話がありましたが、今度は身体という視点で大野先生にお聞きします。分かりやすく説明すると、吹き矢の良さとは医学的な見方をした場合、ズバリどういうところになりますか?

大野:吹き矢の良さは、やはりなんといっても腹式呼吸です。普段我々がしている呼吸は胸式呼吸というのですが、この胸で呼吸している胸式呼吸の時には、横隔膜がほとんど動かないんです。肺の下には古い空気が動かず残っている、というイメージをしてもらうと分かりやすいと思います。さて、吹き矢の基本動作でも行われているのが、腹式呼吸。これは丹田(たんでん)と呼ばれる、お臍(へそ)の少し下の部分に力を入れて、腹の底から深く呼吸をします。そうすると、横隔膜も上がって、ぐーっと一気に新しい空気が体内を循環するようになります。細胞が酸欠状態だと、老化現象は進むので、早く老ける傾向にあります。また、貧血というのも酸素不足からくる症状です。空気の出し入れが多い吹き矢の基本動作は、やりながら腹式呼吸で新しい酸素をたくさん体内に取り込むことが出来るので、健康増進につながると思いますね。

――― よく吹き矢を10本くらい吹くと、頭がはっきりしたとか、身体があったまってきた、と会員さんに言われることがあります。そういうのは、腹式呼吸をしっかりするから酸素が身体に行き届いたということなんですね。

大野:はい。腹式呼吸をしっかり行うということを忘れてはいけません。あと、深く吸うことのほかに、息継ぎや空気を吐ききることが同じくらい大切です。吹き矢でも、「あっ!どこに刺さったかな?」と的に気を取られて、せっかくの基本動作の途中で息を飲み込んでしまう人がいます。でも、吸った空気は、すーっと吐ききらないと駄目なんです。点数も気になるところなのですが、それで呼吸を疎かにしては本来の吹き矢の目的から離れてしまいます。大げさなくらい、ゆっくりとするのがベストです。そうすると腸もよく動きますから、便秘や今話題のメタボの改善にも繋がります。

――― 身体に良いのが分かっていても、腹式呼吸だけを毎日継続して行うというのは難しいですからね。吹き矢はゲーム性があるから、楽しんで腹式呼吸が出来るというのが大きな特長になりますね。

大野:そうでしょうね。高い点が取れるようになると、もっとと欲が出てきます。でも吹き矢歴が長くなれば、腹式呼吸のコツも分かってくる筈だから、初心者に限らずベテランの方々にも是非心掛けてやって欲しいものです。吹き矢の良いところは、やはり先程サンコンさんも言われていたように、やると楽しい♪ということです。

――― 大野先生は日本で大々的に初めて病院でのリハビリに吹き矢を取り入れられたということですが、患者さんたちの反応は如何でしたか?

大野:私が勤めていた労災病院で、初めて患者さんたちに吹き矢を体験してもらった時のことは、今でもよく覚えています。いつも相楽会長が「吹き矢は感動と発見!」だって言われるんですが、本当に吹いて的に当たると、皆さんワーって歓声をあげるんですよ。すごく嬉しそうな笑顔になるんです。いつも無気力で、歩けても車いすで移動していた或るおばあちゃんがいたんですが、大喜びで興奮して帰りは病室まで歩いて帰っちゃった。(笑)階段登ってですよ。人には感動と、勇気や希望を発見する機会が大事なんだって改めて思いました。

――― 私(山副)も、労災病院に吹き矢指導に行っていましたので、毎回患者さんたちの反応がとても嬉しく感じました。吹き矢は的の高さとか工夫次第で、車椅子や椅子に座って行うことが出来るところもユニバーサルで良いところだと感じます。

大野:やはり人間は活力がないと駄目だと思いますね。心…メンタルの部分に活力が出ると、病気や怪我も早く治っていくものです。あと、人間は繋がりに支えられて生きていくものだと、年々強く感じます。

対談風景 大野 良之氏

■三つの「CHI-EN(チエン)」

――― 繋がりというのは、例えばどのようなものを言いますか?

大野:私は、若い後輩たちに話す時には、「三つの“CHI-EN(チエン)”を大切に。」と言っているんですが、人が営みを続けてゆくためには三つの“縁”が必要だと思うんです。まず1つが「血縁」。家族や先祖といった血の繋がり。2つめが「地縁」。土地、地面の繋がりですね。離れていても世界は一つだということ。そして三つめが「知縁」。知る、知り合うということです。

サンコン:素晴らしい言葉ですね。日本とギニアも地面をたどっていけば、地球の上で繋がっています。だからボクは日本にやって来た。これも“地縁”。それから、今日こうやって大野先生をはじめ皆さんと同じ時間を過ごしているのも、“知縁”。吹き矢を通じて、知り合えたからですね。

大野:吹き矢やサンコンさんとこうやって知り合えたことは、とても嬉しいことです。


――― 三つの“CHI-EN(チエン)”……考えると深いですね。まだ吹き矢を知らない皆さんにも、“血縁”―ご家族や親戚の誘いがきっかけで吹き矢をやり始めるようになり、“地縁”―そういった広がりの中で、全国、さらには海外にも愛好の輪が広がって欲しいと思います。そして会員の皆さんの“知縁”が深まり、吹き矢でのお付き合いを超えた交流が生まれて、ひとりひとりの人生がより楽しく深みのあるものになることを願っています。本日はお二人にはお忙しいなかお越し頂き、心に残るお話を有難うございました。

大野・サンコン:どうも有難うございました。

対談後の集合写真
▲対談後の写真撮影は、「1コン、2コン、サンコン!」の合図で。

  •  対談の場には、相楽 豊会長のほか、地元名古屋支部の指導員・会員の皆さん約20名が集まり、両氏のお話に熱心に耳を傾けていました。笑いも絶えず、和やかのうちに開催されました。
  •  なお、大野氏には、「健康吹き矢との出合いと日本吹き矢連盟へのお誘い」と題したコラムも寄稿して頂いております。併せてご覧下さい。
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  •  さて、次回の対談は、連盟顧問で世界的にも有名なボディービルダー、宮畑 豊氏を迎えて行う予定です。どうぞお楽しみに!

(レポーター:名古屋支部 指導員 山崎 繭子)